日本初の女性宣教師がルーツの「青山学院女子短期大学」

「青山学院女子短期大学」とは、メソジスト派にして日本初の女性宣教師である、ドーラ・E・スクーンメーカー女史が女子教育のパイオニア的存在として設立した「女子小学校」をルーツのひとつとする、ミッションスクールです。1874年、米国で教師をしていた彼女ですが、外国への伝道を望み、米国のメソジスト監督教会から、若干23歳の若さで、日本初の女性宣教師として日本へ派遣されてきました。10月来日した彼女は、不眠不休の精神で努力をし、1ヵ月後には武家屋敷を間借りし、11月16日「女子小学校」を開設しました。青山学院は、この日をもって創立記念日としています。しかし、時代は明治、女子教育はまだまだ敬遠された時代です。『先生』スクーンメーカーが教壇に立ったその日、女子生徒は、たった5名(男性生徒が2名)だったといわれています。男子生徒達の父、クリスチャンの津田仙は、後年「津田塾大学」を創設する津田梅子の父でもありました。険しいスタートでしたが、スクーンメーカー女史は、帰国まで校長を勤め上げました。