演劇公演の思い出

昔、高校の頃の学園祭で演劇公演をおこなった。
自分は脚本担当だった。
しかし、今でもつくづく思うのが、「演劇」における「脚本」という存在の不思議さである。
プロの演劇公演ならば、脚本家の存在というのはかなりクローズ・アップされることだろう。また、映画やドラマでも、基本的に脚本家の名前というものはちゃんとクレジットされるし、脚本とは作品の礎だから、それが必要不可欠なことは理解できる。
けれども、素人の演劇公演においては、脚本というものは、かなり微妙なところに位置している。
要は、完全に「名無し」なのである。そして、ほぼ「ボランティア」に近い存在といえる。
映画やドラマみたいにクレジット・タイトルがあるわけではないので、自分の名前がクレジットされることもない。
実際の公演では目に見えるのは「役者」と「舞台装置」だけ。「脚本」は舞台には立たないから、実際に劇が始まったら、固唾を飲んで見守ることしかできないのだ。
しかし……欠かせない仕事なのである。不思議なものだ。