私の美大受験戦争

初めて私が美大受験への一歩を踏み出したのは、高校1年生の春休みのこと。近所にある美大受験の予備校に通い始めたのです。
まだ中学卒業したの時期で、漠然とクラブ活動の延長線の(中学は美術部だったので)習い事感覚で始めました。
もともとイラストを描くのは好きだけど、お世辞にも上手とは言えないレベルだった私。その世界では、私よりもっともっと夢中で絵に向き合っていて、もっともっと上手な子たちばかりでした。
最初の1年は工作のような課題も多く、楽しく過ごしていました。
しかし、私が通うのは美術予備校です。高校2年生からは次第に石膏デッサンなど写実力をつける課題も増え、コメントも受験を意識した厳しいものとなっていきました。
まだまだ習い事感覚で続けていた上にデッサンが大の苦手だった私は、ここで1度挫折します。
高校のクラブ活動が楽しくなってきたのもあり、2ヶ月ほど予備校に行かなくなってしまうのでした。
しかし、作る事の楽しさは忘れられませんでした。「やめるのはもったいない」講師のたったこの一言で、続ける事にしたのです。
その後も相変わらず、真面目に授業を受けていたとは言いがたい状況でしたが…
なんの意志も持たぬまま、高校3年生になりました。
3年生はいよいよ受験の年なので、自分が受験する学科別にコースを選択します。
デッサンが苦手だった私は講師のすすめで油彩コースがいいだろう、と言う事で「油彩・西洋絵画科」の受験コースに分かれることになりました。
初めて扱う油絵の具や今までいた基礎コースとは違った油彩コースの柔軟な指導に始めはワクワクしました。
しかし、高校1年生から始めているにもかかわらず、全く真面目に取り組む事無く基礎力の無い私は、またも簡単に挫折します。
結局、ずるずると休みがちな日々を送り大学には受かりませんでした。
両親が浪人を許してくれたので、晴れて浪人生となりました。
しかし、ここでも何の覚悟も無く浪人を決めたため前年と似たような1年になり、またも受験に失敗。
さすがに2浪は両親も許してくれませんでした!どこでもいいから2次試験で行ける所へ行け、と言われ「それもアリかな…」と半端な覚悟で受験。今まで受験していた所より数ランク下の大学、何の用意もせずナメナメな覚悟で受けました。…結果は当然不合格!
「自分は『この程度の大学』と思っていた場所ですら受からないのだ…」と、改めて現実を直視します。
どうする事も出来なくなった私は、「予備校費は自分で稼ぐ事」という条件のもともう一年の浪人が許されたのです。
2浪目は今までの自分とは全く違いました。
初めてアルバイトをしたことで、美術予備校の中にいる自分の価値観の狭さを目の当たりにしたのです。
トップの大学だけを受け続けて2浪3浪が当たり前になっていることの異常さ、他人とのコミュニケーション能力の欠如などなど…
外のサークルと触れ合うことで、絶対合格しよう、という気持ちになって「何のために描くのか」という事や「自分とはどういう人間か」ということをよく考えるようになりました。
私の人生の中であれ程がむしゃらに絵と向き合った時間はない、と言い切れるでしょう。
結果、2浪目には第一希望でない物の都内の美術大学に合格したのでした。

大学受験を終え、その後の経験をふまえて思うのは、「現役で受かった大学に行った方が良い」という事です。
私は出来の悪い生徒だったので時間がかかりましたが、そのとき受かった大学が自分に合う大学だと言えるからです。
美術大学は、世間一般で言われているランクよりもむしろ、その大学のカラーに合うか合わないかが重要になるかと思います。
これから受験を考える人は、ぜひたくさんの学校を見学してみて下さい。

私の美大受験体験記でした。